相互理解、『力』の獲得、そして前進~Mutual Understanding, Empowerment and Process~
現代の社会問題における日米の役割を問い直す~Redefining the Role of Japan and the U.S. in Contemporary Social Issues~
期間 | 2002年7月27日~2002年8月21日 |
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開催地 | アメリカ合衆国 |
参加者 | 日本側参加者 36名(実行委員8名を含む) アメリカ側参加者 36名(実行委員8名を含む) |
アメリカ合衆国の首都であり、政治の中心、またアメリカ史200年の足跡を辿ることのできる地ワシントンDCにて、第54回日米学生会議は幕を開けた。最初のサイトであるということもあり、オリエンテーションなど、会議理念にある「Mutual Understanding」を意識したプログラムが組まれたと同時に、ワシントンDCという土地柄を活かし、「人権と安全保障」とのサイト理念の下で、経済や安全保障の最前線で働いておられるパネリストを招いてのパネルディスカッションも実施された。
会議第二の開催地であるオーバリンでは、アメリカで最初にアフリカン・アメリカンと女性に門戸を開放した大学として有名なオーバリン大学を舞台に、Historical and Present Day Activismをサイトテーマとして掲げた。アメリカにおけるアフリカン・アメリカンの歴史においてオーバリンがさまざまな運動の先駆的地位をなしてきたことを実感することができた。
8月6日にはRoy Ebihara氏による太平洋戦争勃発時のアメリカにおける日系人収容所体験、そしてDiana Roose氏による広島被爆者研究それぞれの講演に加え、被爆者の実態と核の現状についてのパネル展示を見る中で、戦争と核兵器の惨禍と、両国の間に横たわる歴史について再認識した。
第三のサイトは、サンフランシスコ湾東岸の大学都市バークレーである。サンフランシスコ湾周辺地域Bay Areaは自由で解放的な空気が漂い、またアジア系、ヒスパニック系住民の割合も多く、アメリカの多様性を強く感じることができた。
バークレーサイトでは「社会変革」というサイトテーマを掲げた。サイトの企画としては1960年代の学生運動のビデオを参加者全員で鑑賞し、また「現代社会問題と社会変革」のテーマのもと、有識者をお呼びしてパネルディスカッションを行った。レセプションでは、バークレー市長にもご臨席いただき、市の政策やテロ報復に反対したバークレー市議会の対応などについてお話しいただいた。
最終サイトであるサンディエゴでは、カリフォルニア大学サンディエゴ校に滞在し、「文化的多様性」をキーワードに、一連のプログラムが実施された。
サンディエゴでのメインイベントは、17日に、カリフォルニア大学サンディエゴ校のInstitute of Americaにて開催された二部構成のフォーラムであった。第一部では、一ヵ月の総括、各分科会による発表を行い、第二部では、各分科会に加え、各ST、各サイトイベント等のパネル展示を用意し、来場者と対話する場を設けた。フォーラム終了後には、Japan Societyの協力により、ホームステイを実施し、その後、日米の参加者による合同選挙により、第55回日米学生会議実行委員会が発足した。
分科会がグループ毎に問題を深く追求していくものであるのに対し、スペシャルトピックでは、各自の興味に沿ってさまざまな芸術、文化、スポーツ、社会活動を行った。